2019年10月の大雨は気象兵器によるものなのか?世界の気象コントロールの話題

天候さえも操るヴィルヘルム・ライヒの「クラウドバスター」
宇宙には未知のエネルギーが存在する――ヴィルヘルム・ライヒが「オルゴン」と名づけたこのエネルギーは、天候すら操る「クラウドバスター」の誕生につながりました。彼の見つけたこのエネルギーは疑似科学だったのでしょうか。

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https://www.itmedia.co.jp/enterprise/articles/0912/13/news002.html

精神分析とマルクス主義の統合を目指した心理学者で、性革命理論の提唱者として知られるヴィルヘルム・ライヒは、1897年3月、オーストリアのガリツィア地方で生まれました。
 14歳のときに母親が自殺し、父親もライヒが17歳のときに肺炎で病死するという経験を経たライヒは、一度は陸軍に入隊しますが、すぐに除隊。その後、ウィーン大学法学部に入学します。ほどなくして医学部に移ったライヒは、そこで精神分析を学び、1922年には医学博士号を取得します。
 すべての人間は「性欲」(リビドー)に支配されているとするジークムント・フロイトから指導を受け、フロイト派の精神分析家として活動したライヒは、フロイトの後継者になるとみなされていました。しかし、リビドーを精神的なものと考えていたフロイトに対し、ライヒは、リビドーとは微細な物理エネルギーであると考えていたようで、1927年にはフロイトとの対立が表面化、1934年には国際精神分析学会から除名されてしまいます。
 ナチスに代表されるファシズムを性的抑圧によるノイローゼ患者のサディスティックな表現であるとした『ファシズムの集団心理学』などを上梓したことで、ナチスドイツからも危険視されていたライヒは、1934年、ノルウェーに亡命。オスロ大学の心理学研究所の実験施設で、人間が性的に興奮したときの皮膚電位の変化を測定し始めます。
 一方で、この時期、顕微鏡観察によって、滅菌した肉汁中に小胞(バイオン)を発見します。これは、内側から青みがかった淡い光を放ち、不規則に脈動する直径1ミクロンほどの小胞です。これをあらゆる生物の根源的な機能単位と考えたライヒですが、ノルウェーの科学者たちから激しい非難を浴び、1939年には逃げるようにして米国に亡命します。
オルゴンの発見
 米国に移ったライヒは、内部に薄い鉄板を張った合板製の箱を使い、海砂を加熱したときに発生するバイオンが特に強く発光するという仮説の実証実験に取りかかります。しかし、この箱からバイオンを取り出しても発光が消えないことから、ライヒは宇宙に偏在する未知のエネルギーがあると考え、それを性のオルガスムスにちなんで「オルゴン」と名づけます。

 1940年、箱の外側にエネルギーを吸収する有機物を、内側にはそれを反射する金属を張ったエネルギー集積器「オルゴンアキュミュレーター」(オルゴンボックス)を完成させます。このオルゴンボックスは、やけど、ガンなどの腫瘍(しゅよう)、神経症などの治療に効果があることが判明したため、彼はその研究に着手し、オルゴン療法を確立していきます。
 1942年にオルゴノンという研究所を設立したライヒは、ラジウムの放射能をオルゴンエネルギーで中和しようと考え、1950年から大規模実験を敢行します。しかし、放射能の影響でオルゴンエネルギーが「Deadly Orgone」(死のオルゴン:DOR)に変化するという結果となり、実験にかかわった全員が肉体的/精神的な変調を訴えたため、1951年はじめに実験は中止されました。
クラウドバスターの誕生
天候さえも操るとされる「クラウドバスター」(出典:cez-okno.net)
 実験後には研究所の上空にライヒがDOR雲と名づけた黒雲が1カ月にわたって出現したといいます。オルゴンもDORも水に引きつけられるところから、ライヒは長い金属パイプをDOR雲に向け、パイプにつないだケーブル線を深い井戸に入れ、雲のエネルギーを吸引することを考えつきます。これが、DORに限らず、大気中のオルゴンエネルギーを分散、あるいは集中させる「クラウドバスティング」という技術であり、ライヒは水中にアースした中空のパイプを数本束ねた装置「クラウドバスター」で何度か気象コントロールを行い、成功を収めたとされています。
 しかし、オルゴン療法がガン治療機の不法製造販売に当たるとFDA(米国食品医薬品局)から訴えられたライヒは、裁判中に法廷侮辱罪で投獄され、1957年11月に獄中で死亡します。
 ライヒのオルゴン研究はいわゆる疑似科学として扱われていますが、科学と疑似科学の境界はあいまいなものです。オルゴン療法も、実際には「生物学的オルゴン療法」と「物理学的オルゴン療法」に分けられており、前者は精神分析の応用で、現代医学ないし科学と矛盾するようなものではありません。後者はオルゴンボックスを用いた治療ですが、これはあくまで実験的な治療であり、それを商売にしていたわけでもありません。ただ一方で、UFOもオルゴンエネルギーを利用した乗り物であると考え、クラウドバスターでUFOを撃墜すべきであると提唱するなど、変わった言動も目立ったことが、ライヒの不幸だったのかもしれません。
 ライヒが提唱したオルゴンエネルギーもまた、いつの日か科学として認められる日がくるのでしょうか。






気象を操る。人類が天候をコントロールした10の歴史

http://karapaia.com/archives/52231256.html

 人類は天候から様々な影響を受ける。天候と環境(これ自体が天候の影響を受けたものだ)は世界中の言語に影響を与えた。家屋や社会の作りもしかり。食べ物や服装もしかり。宗教もまた気象に対する一種の答えとして形成された。

 人々が天候をコントロールしようと考えたのも無理はないだろう。この数十年の科学技術の進歩によって、我々はまさに神の領域へと踏み込んでいる。

 もちろん今後解決しなければならない課題も山積している。そもそも天候だけをコントロールすれば済む話なのかどうかもよく分からないのだが、そうした話は置いておいて、ここでは持てる全ての力を使って天候のコントロールに挑んだ人々がいたことを記しておこう。

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10. 霧の消散させる 霧消散装置


 飛行機の登場により、離着陸が必要な現場では霧がやっかいな問題になり始めた。だが第二次世界大戦の真っ只中では、パイロットは霧が晴れるまで座って待つといった贅沢は許されなかった。1942年にウィンストン・チャーチルがこの問題の解決を命じたのは、こうした理由である。その結果が霧消散装置(Fog Investigation and Dispersal Operation)だ。

 これは飛行場で毎時100,000ガロンものガソリンを燃やすことで、霧を上昇させる熱を発生させ、離陸や着陸の視界を確保した。イギリス空軍によると、イングランドの飛行場15か所のほか、アメリカの数か所でも使用されたという。1943~45年にかけて2,500機もの飛行機を安全に着陸させ、10,000名以上のパイロットの命を守った。

 今日でさえ、世界中の数多くの飛行場で霧の消散が定期的に行われている。だが技術は大戦当時よりも進んでいる。気温が氷点下以下ならば二酸化炭素やプロパンガスを利用する。それより暖かい場合はヘリコプターやバーナーが使われる。

9. 雹(ひょう)の形成を防ぐ 雹キャノン

 1890年代後半にM・アルバート・スティガーというオーストラリアのワイン醸造主が考案した。それは巨大なメガホンのような形状で、煙の輪を300メートルの上空に射出する代物だ。

 雹キャノンの狙いは、空気と煙を撃ち出すことで、上空の雲の中での雹の形成を防ぐことだ。雹は作物に深刻な被害を与えるために、この発明は農家にとって科学からの贈り物であった。数度の実験を経て、ベネチア付近の県ではたった1年のうちにこの雹キャノンが466基から1,630基本まで一気に導入された。

 雹キャノンはヨーロッパ各地にどんどん普及したが、同時に苦情も寄せられるようになる。当初、そうした訴えは、不適切な射出、遅すぎる使用、設置位置の問題などが原因として棄却されていた。しかし1903年からイタリア政府は222基の雹キャノンを2年間に渡り調査することを決定。その結果、これが導入された地域では相変わらず雹被害に悩まされていることが明らかとなり、雹キャノンへの信頼は瞬く間に地に落ちた。
 
 意外にも雹キャノンは現在でも使用されている。あるメーカー製のものは音速のショックウェーブによって雹や雨の形成を妨げるという。嵐が近づくと、レーダーで追跡しつつ4秒間隔で発砲する。2005年にアメリカのある自動車製造業者がこれを導入したが、あまりの騒音で住民が大迷惑したそうだ。



8. 雨を降らせる クラウドシーディング


 雹以外にも、干ばつによる農作物の被害も甚大だ。そこで1946年、ヴィンセント・シェーファーという気象学者とノーベル賞を受賞したアーヴィング・ラングミュアがクラウドシーディングを考案した。

 雨は、水滴が過冷却されると同時に、核生成という過程で氷の結晶が形成されるときにできる。空気中で結晶が保持できなくなると、これが落下。結晶は地上に届くまでに溶けて、雨に変わる。

 クラウドシーディングはこの理論を応用したもので、ヨウ化銀やドライアイスなどの粒子でこの過程を促進し、雲の雨形成能力を強化する。これは飛行機で撒くことも、地上からスプレーで散布することも可能だ。だが雹キャノンのように、その効果を証明することは難しい。

今日においてさえも、雨がクラウドシーディングの効果によるものなのかどうか確実に知る方法はない。それでもオーストラリア、フランス、スペイン、アメリカ、UAE、中国からは成功しているという報告が寄せられている。

 クラウドシーディングの専門家アーレン・ハギンズによると、これが最も効果的なのは干ばつの時期ではなく、通常よりも降雨量が多い時期であるという。そうした場合に10パーセントほど降雨や降雪が増えれば御の字で、増えた分を干ばつの備えとして蓄えておくのがいいらしい。


7. 台風の進路を変更 プロジェクト・シラス


 早くも1946年に米軍はクラウドシーディングの試験に乗り出す。最初の1年半で37回の試験飛行を実施し、雷雲、スコールライン、竜巻の上空などを飛行した。

 毎年大西洋で発生する台風は甚大な被害をもたらしているが、1947年10月のプロジェクト・シラスではその台風にクラウドシーディングを試みた。フロリダ、ジャクソンビルの海岸から560キロほど東にあった台風の中へおよそ36キロのドライアイスを投下。結果、台風は突如進路を変更し、アメリカ本土へと戻り始めた。

 ジョージア州は時速136キロという記録破りの台風に襲われ、1,400名以上が家を失い、少なくとも2名の犠牲者が出ている。

  関係者にはごうごうたる非難が浴びせられたが、ニューメキシコ州に場所を変え、プロジェクト・シラスは続行された。それからすぐに例年にないほどの雨が続いたことで、地元ツーリストから調査チームに対してまたもや批判の声が上がった。成果は上がっているように思えるが、1952年頃には資金難となり、研究は中止された。


6. プロジェクト・ストームフューリー


 それまでの研究を無駄にしないため、1962年に新たな野心的プロジェクトが発足。目的はクラウドシーディングで台風の破壊力を弱めることができるかを調べることだ。ヨウ化銀を満たした缶を台風の目に投下し、銃のような装置で中身を散布。これによって台風の目の中の対流を平衡させ、範囲を広めることで、風速を弱めようとした。

 8日間で四つの台風に対して実施し、半数で風速が10~30パーセント低下したが、半数では変化がなかった。変化がないケースでは、当初は実施手法に問題があったことが原因とされた。

 しかし後の研究では、台風にはクラウドシーディングが効力を発揮するために必要な過冷却された水がほとんど含まれていなかったことが示唆された。

 さらにこうした台風では、放っておいてもシーディングが実施されたときと同じようなプロセスが発生することも明らかとなる。こうして成功事例とされた半数も自然な現象であったと結論された。最後の実験は1971年のことで、1983年にプロジェクト・ストームフューリーは正式に中止された。成果が得られなかったとはいえ、台風の仕組みの理解や進路の予測には貢献した。


5. 雷の頻度を減らす プロジェクト・スカイファイア


 地球上ではどの瞬間でも1,800もの雷雨が生じている。こうした雷雨によって20分毎に60,000回の落雷が生じる。そのどれかで火災が発生したとしても驚くにはあたらないだろう。

 アメリカでは毎夏9,000回の森林火災や草原火災が起きている。1955年に米農森林局によって開始されたプロジェクト・スカイファイアは、雷雨の発生過程を理解し、雷の頻度を減らすことを目的としていた。

 プロジェクトが始まってからの数年はデータの収集が行われ、落雷を減らすために高濃度のヨウ化銀の使用も始まった。コントロールされた実験ができないために、その結果の定量化は困難である。それでも初期実験は多少なりとも成功したように思われた。

 1960年と1961年、ドライアイスやヨウ化銀の代わりに無数の小さな金属のピンを使用し雷抑制を実施。これは各先端に反対の電荷を帯びさせた金属箔であり、現在では敵ミサイルやレーダーを撹乱するために利用されるものだ。


4. オペレーション・ポパイ ― ベトナム戦争洪水大作戦


 クラウド・シーディングはある時点から軍事利用も念頭に置かれるようになる。ベトナム戦争で実行されたオペレーション・ポパイの目的は、雨季に北ベトナムと南ベトナムの道路で洪水を起こし、分断することだった。特にベトコンの物流の要であったホーチミン・ルートが標的とされた。

 1966~1972年にかけて2,600回の飛行が実施され、47,000ユニットのクラウドシーディング剤が投下された。実際に効いたのかどうかは議論されるところだが、雨季を30~45日伸ばすことに成功されたと言われている。



 作戦ではジャングル上空を定期的に飛行し、枯葉剤とともにクラウドシーディグ剤が散布された。しかし1971年にジャック・アンダーソンという人物がワシントンポスト紙上で暴露したことで公にも知られるようになる。

 1972年、米国防長官メルビン・レアードはかかる天候改変技術の使用はないと議会で証言。その2年後にレアードの私信がリークされ、証言が嘘であったことが明らかとなる。この一件が1976年の環境改変技術の軍事的使用その他の敵対的使用の禁止に関する条約の締結につながった。


3. ベラルーシの黒い雨


 1986年4月、旧ソ連領、現在のウクライナで人の手で引き起こされた最悪の災害の一つが発生した。チェルノブイリ原子力発電所事故である。

 これにより大勢の犠牲者が生まれ、プリピャチの住人は全員が避難を余儀なくされた。しかし、これは始まりに過ぎなかった。モスクワ、ヴォロネジ、ニジニ・ノヴゴロド、ヤロスラヴリなど、ソ連の様々な大都市を放射能を持つ雲が脅かしたのである。

 最悪の事態を避けるために、ソ連政府はチェルノブイリを中心とする約100キロの範囲でクラウド・シーディングを実施した。

 南ベラルーシの住民は当時、分厚く黒い雲が垂れ込めていたと証言している。そして悪夢の雨が降り始める少し前、数機の飛行機が街の上空を旋回し、何やら色のついた物体を射出していた。ソ連政府はクラウドシーディングを実施したことを正式には認めていないが、後に2名のパイロットが告白している。

 チェルノブイリ周辺の放射能レベルと放射性降下物の量を調査からは、ベラルーシ人が通常の20~30倍もの被曝をしており、子供は酷い放射線中毒を起こしていることが判明。調査を行なった英国人科学者のアラン・フラワーズは、ソ連が1986年にクラウドシーディングを行なったと主張したことで、2004年に追放された。


2. 北京の天候改変局


 今日、世界52か国が何らかの天候改変技術を利用している。だが特にそれが顕著なのが中国である。天候改変局(北京市人工影響天氣辦公室)は1980年代に設置され、37,000名もの職員が携わるこの分野における世界最大の組織となった。

 中国国内のいたるところで活動するが、主な地域は干ばつに見舞われることが多い北部および北東部だ。

 ロケットランチャー4,000基、対空砲7,000基、飛行機30機を備え、降雨量の増加や雹の抑制などを行う天候改変局は、祝日などでそれに相応しい天気を実現するという役割も担っている。

 1997年の新年に雪を降らせたり、また2008年の北京オリンピックでも天候改変技術が使用されたことは有名だ。開会式では雨が降らないように1,100機のロケットが雲へ向かって発射された。また毎年10月1日の国慶節の前になると、クラウドシーディングで雨を降らせ、大気の汚染物質を洗い流しておく。さらに夏の気温を低下させ、電力の消費を抑えるといったことも行う。


1. 砂漠に雨を降らせましょう

 天気は地球の自転、日光、海洋に由来する湿気によって作られ、影響を受ける。これらに比べれば、我々ができることは微々たるものである。だが世界の人口が増加し、大勢の人々が居住にはあまり適していない地域へと移住しつつある。そう、砂漠だ。

 世界有数の砂漠地帯であるアラビア半島のUAEなど、砂漠で暮らす人々は増加しており、当然ながら雨の需要も大いに高まっている。

 あるスイスの企業はこの状況から利益を生み出そうと、負の電荷を帯びたイオンを産み出す10メートルの塔の建設を開始した。これは嵐雲を形成させるという。

 イオン化理論は1890年頃、ニコラ・テスラが初めて提唱した。しかし、その後実施されたいくつもの実験にもかかわらず、これが雨を作り出すという証拠は得られていない。さらにこのスイスの企業は、同社の技術に関する証拠や情報を公開していない。塔が建設されて以来、数度の暴風雨が発生しているが、当時中東で発生した異常気象の一部であると主張する専門家もいる。



最後に
大量破壊の究極の武器:軍事用の「天気を所有する」
ミシェル・チョスドフスキー教授
グローバルリサーチ、2018年7月5日
グローバルリサーチ 2004年9月27日
テーマ: 環境 、 軍事化、WMD
詳細レポート: 気候変動
https://www.globalresearch.ca/the-ultimate-weapon-of-mass-destruction-owning-the-weather-for-military-use-2/5306386
著者紹介ノート
軍事用の環境修正技術(ENMOD)は、現在の地球規模の戦争では、究極の大量破壊兵器を構成しています。
地球規模の気候変動に関する議論でめったに認められないが、世界の天気は現在、新世代の洗練された電磁兵器の一部として修正できる。 米国とロシアの両方が、軍事利用のために気候を操作する能力を開発しました。
環境修正技術は、半世紀以上にわたって米軍によって適用されてきました。 米国の数学者ジョン・フォン・ノイマンは、米国国防総省と連携して、冷戦の最盛期に1940年代後半に気象修正に関する研究を開始し、「まだ想像されていない気候戦争の形態」を予見しました。 ベトナム戦争中、1967年にプロジェクトポパイの下で開始されたクラウドシード技術は、モンスーンシーズンを延長し、ホーチミントレイルに沿った敵の補給ルートをブロックすることを目的として使用されました。
米軍は、気象パターンを選択的に変更できる高度な機能を開発しました。 このテクノロジーは、1990年代に高周波アクティブオーロラ研究プログラム(HAARP)の下で最初に開発されたもので、戦略的防衛イニシアチブ「スターウォーズ」の付属物でした。 軍事的観点から見ると、2014年に正式に廃止されたHAARPは大量破壊兵器であり、大気圏外で動作し、世界中の農業および生態系を不安定にする可能性があります。
公式には、HAARPプログラムはアラスカのその場所で閉鎖されました。 それにもかかわらず、機密性に包まれた気象修正の技術が普及しています。
米国空軍の文書AF 2025最終報告書によると、天候の修正は、 「 戦闘機に敵を打ち負かすか強制するための幅広い選択肢を提供する」能力は、洪水、ハリケーン、干ばつの引き金にまで及ぶと言います。と地震:
「気象の修正は、国内および国際的な安全の一部となり、一方的に行うことができます。それは、攻撃的および防御的なアプリケーションを持ち、抑止目的にさえ使用される可能性があります。 地球上で降水、霧、嵐を発生させたり、宇宙の天候を変更したりする能力や、人工気象の生産はすべて、統合された[軍事]技術の一部です。」
1977年に、国連総会により国際条約が批准され、「広く、長期的または深刻な影響を与える環境修正技術の軍事的またはその他の敵対的使用」が禁止されました。 環境修正技術の軍事的またはその他の敵対的使用の禁止に関する条約によると:
「環境修正技術」という用語は、自然のプロセスを意図的に操作することにより、生物相、リソスフェア、水圏、大気、または宇宙空間を含む地球のダイナミクス、組成または構造を変更するための技術を指します。 ( 軍事またはその他の環境修正手法の敵対的使用の禁止に関する条約 、国連、ジュネーブ:1977年5月18日)
1977年の条約の内容は、1992年にリオで開催された地球サミットで署名された国連気候変動枠組条約(UNFCCC)で再確認されましたが、軍事利用のための気象修正に関する議論は科学的なタブーになりました。
軍事アナリストと科学者は、この問題については口をきかない。 気象学者は問題を調査しておらず、環境保護論者は京都議定書の下で温室効果ガスの排出に主に焦点を合わせています。 軍事および情報機関のアジェンダの一部としての気候または環境操作の可能性は、暗黙のうちに認められていますが、国連の後援の下での気候変動に関するより広範な議論の一部ではありません。
冷戦後の気象戦の軍事適用についての議論はタブーですが、 それでも米国空軍は 、敵の知識なしに、行動を含む 非従来型の戦闘とインテルの作戦の現代の戦場におけるENMOD技術の戦略的重要性を認めました 、「秘密」の天気修正操作の 。
米軍はENMOD兵器が軍事兵器の一部であることを認めていますが、ENMOD技術が外国または米国の敵に対して米軍によって使用されたという正式な証拠または証拠はありません。
私たちの歴史のこの時点で、米NATO軍は世界中に配備されています。
米国とその同盟国はシリアとイラクに戦争を仕掛けており、イランと北朝鮮を標的にしています。 彼らはまた、ロシアと中国を脅かしています。
ペンタゴンは、世界的な軍事課題、「長期戦争」、国境のない戦争の輪郭を定式化しました。
「気象戦争」は、敵の生態系を不安定にし、農業を破壊し、通信ネットワークを無効にする可能性がある究極のWMDです。 言い換えれば、ENMOD技術は、国民経済全体を弱体化させ、何百万人もの人々を貧困にし、軍隊や軍事ハードウェアを配備することなく「国家を殺す」ことができます。
いくつかの小さな編集を除いて、次のテキストは2004年9月に最初に公開されました。
2004年の記事は、 ワシントンの新世界秩序兵器は気候変動を誘発する能力があるという著者による以前の研究のフォローアップであり、2001年1月、第三世界の復活、
http://www.globalresearch.ca/articles/CHO201A.html
エコロジストは2007年に上記の研究の短縮版を発表しましたが、軍事用の気候操作の問題は、環境保護主義者によってほとんど無視されてきました。
元の記事のURLは次のとおりです。
http://globalresearch.ca/articles/CHO409F.html
このエッセイは、統合された非従来型兵器プログラムの一環として、HAARPプロジェクトの悪魔的な性質を最初から明らかにしたロザリー・ベルテル博士の記憶に捧げられています。
「上層大気を理解し、制御するための50年間の集中的でますます破壊的なプログラムに関連しています。 …HAARPは、長期にわたる宇宙の研究開発と、意図的な軍事的性質の不可欠な部分です。 これらのプロジェクトを結合することの軍事的影響は警戒すべきです。 …HAARP / Spacelab /ロケットの組み合わせが、核爆弾に匹敵する非常に大量のエネルギーを、レーザーと粒子ビームを介して地球上のどこにでも届ける能力は恐ろしいものです。 このプロジェクトは、入ってくる武器に対するスペースシールドとして、または、よりだまされやすい、オゾン層を修復するためのデバイスとして、一般に「販売」される可能性があります。 「
この記事が気象戦争の危険性に関する議論を更新し、米NATO軍事装置の容赦ない「武装解除」を必要とする世界平和のより広い目的に貢献することを心から願っています。
公式には、HAARPプログラムはアラスカのその場所で閉鎖されました。 それにもかかわらず、機密性に包まれた気象修正の技術が普及しています。

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